今朝の収穫

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4本の苗から。昨日のもこれくらいあるので、1㎏は塩と辛子で辛子漬けにしました。
緑の葉っぱの中に隠れていて見逃しがちで、1日見逃すと右から3本目のように太くなりすぎておいしくないです。
よく地面に横たわるようになっているのを見逃すことが多いです。きゅうりはぶら下がってなる物という先入観からでしょうか。

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# by kurashiki-keiko | 2018-06-25 05:35 | 日常 | Comments(0)

大勢のご来場に感謝

 6月22日(金)の樋口恵子氏講演会、願っていた倉敷市民会館の1階会場を埋めるいっぱいのお客様をお迎えすることが出来て感謝です。
 準備は前の日がコンサートのため使えず、朝8時40分集合でステージや受付などそれぞれの持ち場で出来るだけ能率よくテキパキと働くことから始まりました。私は婦人之友社の書籍や雑誌の入った段ボール6箱を搬入。売り場担当の仲間たちと机を出して本を並べ、後ろにボードを配置して、前日婦人之友社のホームページの画像から拝借してプリントしたポップ?を少しでもお客様の目を引くようにと掲示しました。
 雑誌「明日の友」編集部の人も来てくださり手伝ってくださいました。客席に通じるドアは締め切ったままで受付を始め、本を見て頂けるように配慮した結果、高年向けの雑誌「明日の友」のバックナンバーの特集記事に目が行く人もぼつぼつといらっしゃり、お買い上げいただけたのはありがたかったです。
 樋口先生のエッセイが連載されていることや、特集記事の見出しに興味を惹かれてよかったです。
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 特に229号の特集記事は「してよかった30のこと」というタイトルで評判がよかったようで、婦人之友社には残っていないとの事。取次店にあったのをようやく10部出してきてくれていましたが、「希少価値がある」といったおかげかその号は売切れました。

 先生のお話が始まり、売り場のメンバーもこっそりと後ろの方へ行かせてもらい、私も途中から階段の後ろで拝聴することが出来ました。本当に先生の頭の中には話したいことがぎっしりと詰まっているのだなと実感させられ、私のような狭い視野ではなく全世界的に、また日本の政治経済人口問題などなど様々な視野からのお話、目からうろこのお話ばかりでした。終盤私が退出した後に、羽仁もと子の事などを話されたと聞き、残念でした。
 最後の締めはいつ来るの?と時間を気にしつつ書籍売り場で待つことしばし、熱弁を振るわれ20分オーバーで心配しました。
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お疲れでしょうにサイン会もきちんとなさり、昼食会場の友の家へと向かわれたのでした。この日のお話は婦人之友社の人が許可を得て録音されたそうで、いずれ「明日の友」に連載中のエッセイと一緒にまとめられて本になるとの事、楽しみです

 来場されたお客様の中には、最初に私のチケットを買ってくださった中学時代の恩師やら、同級生、それに思いがけずパソコン講座のご縁のあった人などなど、それに高松友の会、豊中友の会ですと言われて書籍売り場に立ち寄られた人など、ほんとうに遠路からはるばるありがとうございました。御礼申し上げます。
 


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# by kurashiki-keiko | 2018-06-23 23:25 | うれしかったこと | Comments(0)

いよいよ

 6月22日(金)、樋口恵子氏講演会があります。
私は書籍売り場、おつり、うまく間に合うといいけど。
沢山売れるとうれしいけど。
少しでも興味をもって見て頂けるようにと、ポップ?を作りました。
とにかくたくさんのお客様に来ていただきたいです。
倉敷市民会館、10時開場、10時半開演ですが、クワイアと呼ばれる中間のロビーまでは早めにお入りいただいて本を見ていただく予定です。
 終わった後は先生のサイン会もあるそうです。
 

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# by kurashiki-keiko | 2018-06-21 23:54 | ニュース | Comments(0)

家族新聞「あじさい通信」254号が出来ました

 今月号はこの数年恒例になっている誕生会のことがトップです。娘婿が40才、次男が39才、次男のところの孫が今月で3才になるので、個室の取れる焼肉店でみんなで会食をしました。孫娘は花のJK、お付き合いだの打ち上げ会だので欠席。大人の階段を上っているのね。
 後は孫の運動会、次男一家のカープ観戦、私たち老夫婦のグランドゴルフ大会参加、次男の玉ねぎ収穫等。
割合バラエティー豊かな記事の構成になりました。
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# by kurashiki-keiko | 2018-06-20 12:13 | 家族新聞 | Comments(0)

「探し物はなんですか」失せ物出(いず)

 今夜(19日)も、合唱の練習に参加していました。いくつかの曲目を歌った後の終わりごろに、「上を向いて歩こう」がありました。
最近入ったアルトのメンバーが、その楽譜のカッコ1、カッコ3、カッコ5といった楽譜の道筋がわかりにくいらしく困っていたので、私のページ数はやたらに多いけれども、ひたすらページをめくっていくと楽譜がそれにつれて出てくる、という構成の物。こちらはあまり道筋を考えなくても素直に楽譜の通りに歌うことが出来て気に入っています。ページ数を少なくするためにカッコ1とかいうのを後から作ったのです。
 で、先週、練習の帰りにその人にあげようと、コンビニでコピーしました。なにしろ7ページ。小銭がたくさんあったので10円玉で7つ入れ、コピーをし、お釣りはないはず、と思って見るとなんと40円が。
 それでレジのところで「前の人のが残っていました」と届けて帰りました。
 ふつうそいう言う場合、届けない人の方が多いのかもしれませんが。

 で今週、楽譜の間にはさんであったそのコピーをその人にあげました。問題の「上を向いて歩こう」の練習になった時に、7ページ分の楽譜を見て先週のように歌ったら、あらら。なんと最後のページがありません。きっとコピーするときにコピー機に残ったのだ、と気が付きました。1週間前のことなので、もうないだろう、と、反対隣の人に、そのページをコピーしてきてもらえないだろうかとお願いして帰途に着きました。
 帰り道、ダメでもともと、聞くだけ聞いてみよう、とそのコンビニに寄ってみました。「コピー機に楽譜がありませんでしたか?」と聞くと、すぐに「ああ、あのお釣りを返してくれた人ですか」「そうです」「確かこの辺に貼ってあったんだけど」と言いながら探してくれ、ちゃんと捨てずに置いてあったのを、出してくれました。お金を正直に出したことで印象深かったのかもしれません。

 というわけで、コピーを頼んだと反対隣の人に「あったから」と連絡。
 ちゃんと1週間取っておいてくれたお店の人に感激。日本では落としたお財布が戻ってくる、と外国の旅行者が感激すると聞きましたが、こちらは楽譜の最後のページ1枚がちゃんと帰ってきました。よかったです。

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# by kurashiki-keiko | 2018-06-20 00:13 | 感動したこと | Comments(0)

筋肉痛―

どうも右肩が張る、少し痛い。ん?
ちょっと考えて、過去を振り返ってみてガッテンがいった。そうそう、年を取ると筋肉痛は後から来る、と言いますが、この16日(土)、小学校の運動場で地域住民協議会主催のグランドゴルフ大会があって参加したのでした。朝9時から12時前ごろまで、結構重みのあるクラブをもってボールをスコーンと打つ、初心者でもそれなりに楽しく、長い所短い所、私の場合は右にそれがちでした。ああだこうだとそれなりに工夫をするものの、なかなか3打で入れることはできず打数は増えるばかり。
 参加者は60人くらいもいたでしょうか。一番多いのはシニア男性、その半分くらいが女性でお年寄りから若いお嫁さんまで。子どもは10人くらい、4年生以下くらいの小さい子が多かったみたいでした。
 最後の集計は報告を教頭先生がパソコンで打ち込んで下さり、順位が決定されました。ホールインワンがお1人。続いて点数順に表彰があり、豪華賞品?がそれぞれに手渡されました。同点の場合はその場でもう一度ボールを打ち、三角の印に近い方が上位という事で決着がつけられました。そして私、その同点の人と打ち合い、微妙な距離で紐でわざわざ計り、ようやく私がほんの少しだけ近かったので、7位入賞ということで賞品をいただくことが出来ました。

 昨年秋は申し込みしていたものの、雨で流れたので久しぶりの大会で、下手なりに同じグループの人と交流もそれなりに出来、楽しかったのでした。

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# by kurashiki-keiko | 2018-06-18 01:53 | がんばったなあ | Comments(0)

是枝裕和監督「そして父になる」

 カンヌ映画祭のパルムドールを受賞した是枝裕和監督の作品として、「そして父になる」。気になっていて映画を見たかったのでしたが、このほどテレビであったのを見ることが出来ました。
 赤ちゃん取り違えに悩む二つの家族。一つの父は共に過ごした時間よりも「血」が大切だといい、もう一人の父は血より共に過ごす時間だという。50歳代の父は、子どもととことん触れ合うことがこの時期大切だと思い、お風呂に一緒に入る、ショッピングセンターで遊びまわるなどなど。6年間の親子のかかわり方で家庭の雰囲気がこうも違うものなのかと見ていて思いました。全然違う育ち方をした二人の子供が、本来のDNAで決定づけられる親の元に帰るということで、それまでの思い出の品までを荷物に詰めて本人に持たせる、という場面、それまでの母の子育てまでが持って行かれることと同じ、母の立場になると本当に体が半分持って行かれるような思いがする事だろう、と思いました。
 つい最近、医大病院で50代の人の取り違えが発覚したとかいうニュースもありました。その人の本来の家族に育てられていたら、大学も出してもらえたらしい家庭であったのに、取り違えられた結果、学校にろくに行けないような家庭に育ったとの事。事実は小説より奇なり、映画の場合はまだ6歳だったから、あんなにつらい思いをしてもまだやり直しがきく段階でよかったのと言えるのだろうか、と思いました。

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# by kurashiki-keiko | 2018-06-17 13:11 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)