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映画「ペンタゴン・ペーパーズ」を観て

 以前から見たかった「ペンタゴン・ペーパーズ」。MOVIX倉敷の上映スケジュールでは週末は夕方から夜にかけてしかやってなくてあきらめていたら、水曜・木曜は朝10時過ぎからのがあったので、喜んで出かけました。駐車場が混むかと早めに出かけたらなんと、店内に入れるのは9時半からとの掲示あり。週末だと8時には入れてもらえるのに。10分くらい待ってようやく自動ドアが開いて店内に。
 さらにMOVIXのロビーで待ち、ようやくシアター10へ。たまたま水曜日はレディースデーだし、ウイークデーだし、男性は夫くらいか。

 というわけで、ようやく見られた「ペンタゴン・ペーパーズ」でしたが。感想から言えば、さすがの名優、メリル・ストリープとトム・ハンクス出演に期待していただけの濃い内容でした。しかし、あらかじめ公式ホームページなどで人物相関図やストーリーの予習をしておかないと、それぞれの名前とか立場がつかみにくく、テレビドラマみたいにこの人は誰、とかの説明書きが画面に出てきたらうれしかったのに、と思いました。久しぶりの字幕スーパーで、英語のヒヤリングにはかなりよかったです。隣の夫はグーグー寝ていましたけれどね。
 映画のテーマにかかわることでは、政府のマル秘公文書が持ち出されてコピーされ、それをニューヨークタイムズとワシントンポストが公開するのですが、報道の自由か政府の情報漏洩に関する法律違反に問われるのかという裁判にまで発展しながら、アメリカの最高裁は、報道は政府のためにあるのではなく民主主義の、自由の為にあるということで6対3で勝訴するということで、しかも最後の落ちでウオーターゲート事件の発端が示されていました。
 父が創業しそれを引き継いだ夫が事故死し、45歳で専業主婦から社主になったキャサリン(愛称ケイ)は、女性経営者がまだ周囲にいなかった時代に、ワシントン・ポストの株式公開により経営の安定を図り、さらに下手すると社員全員が犯罪者になりかねないという秘密文書の公開記事を掲載するか否かという究極の決断を迫られる、という場面が山場でした。トップとしての孤独と、女性経営者が立った1人という孤独と。しかしその決断は他の新聞社にも支持されて、どの新聞もそのことを報道した記事が出たことが、トム・ハンクス演じる編集主幹ベンが買い集めた各紙を並べる場面があって「よかったー」、と感動しました。
 この映画を撮るにあたって女性たちがずいぶん力を入れてかかわったようです。女だからと軽く見られていたり、パーティーで男性たちが政治の話を始めると女性たちが一斉に別室に行く、という時代のキャサリンの存在はとても尊敬に値する事だったと思います。

また、当時のセットにスピルバーグ監督はとてもこだわったという話ですが、新聞社の内部の様子や当時使っていた型式のタイプライターだとか、車の年式、キャサリンの衣装に時代が出ていて、さらに驚いたのは新聞発行に関して活字を組んでいく様子だとか、輪転機が動いていく様子。編集部の様子ならともかく、鉛の活字を組む仕組みだとか巨大な輪転機などは当時の物が残っているのか?と疑問と共にとても驚いた事でした。
 また、スピルバーグ監督がほかの予定の作品に優先してこちらの作品を撮らなくては、と思った背景には、「フェイクニュースだ」などと連発して報道を規制しようとする現在のトランプ大統領の時代に危機感を感じていたから、という理由に納得しました。

 公式サイトより抜粋↓
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by kurashiki-keiko | 2018-04-19 00:49 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

高畑勲監督作品 「火垂るの墓」を見て

 金曜ロードショー、めったに見ないのですけれど、先日亡くなった岡山県ゆかりの高畑勲監督、スタジオジブリ作品の「火垂るの墓」を見ました。結末はわかっていて、悲しい悲しい物語なんで苦手ではあるのですけれども。
 ちょうど4歳の孫娘が今日幼稚園の入園式を終えたばかり、主人公の妹の女の子も4歳。その子とだぶって、お兄ちゃんに甘えるしぐさだとか、お人形や折り紙、切り紙で遊ぶさま、かわいらしさがよく描けていて一層悲しさが募りました。
 お兄ちゃんの中学生も、妹を負ぶって空襲の焼夷弾による火災をかいくぐって逃げたり、大やけどの母親の死を乗り越え、親類の意地悪に耐え、妹を守る、守ろうと必死に盗みまで働いて食べ物を得てくるのですが、とうとう幼い妹は栄養失調で死んでしまい、自分で行李に妹のお人形や防空頭巾を詰めて火葬にし、お骨を拾ってドロップの缶に入れる、栄養失調だった妹のお骨はたぶん本当に小さなものだったのでしょう。サクマドロップの缶入りのは私も幼いころに時々買ってもらっていました。きれいな赤や紫のドロップ、どれだけその女の子の楽しみ、生きる糧だったことでしょう。
 4歳と言うと言葉が大体出るしトイレのことも自分で出来るぎりぎりの幼児。そして遊びも本当に子供らしい。そんな小さい子供の命も奪っていく戦争。静かに、悲劇的な結末を迎えるこの映画は静かな反戦映画なのでしょう。岡山空襲の中を逃げて生き延びたという高畑監督の実体験に基づいた空襲の描き方を見ながら、戦争を憎む気持ちがわいてきます。
 先日のシリアの戦火の中世界にSNSで訴えた二人の少女の映像と重なるところがあります。
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by kurashiki-keiko | 2018-04-13 23:11 | 感動したこと | Comments(3)

NHKアナも美観地区に旅行に来たらしい

 たまたま聞いていた朝のNHKラジオ。2日は高校野球の休養日とかで、いつものラジオ番組があり、「すっぴん」アンカーの藤井彩子アナは、先日来のセンバツ高校野球の間に休みを取って実のお母様と四国、倉敷方面に旅行に来ておられて、美観地区も散策なさったのだとか。
 東京の桜を見て、こちら方面に来てみるとまだ咲いてなくてちょうど咲き始めたところだったので行く先々で桜を見ることになったそうでした。あらまあ、では私と美観地区のどこかですれ違っていたかもしれませんね。


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by kurashiki-keiko | 2018-04-02 23:39 | 新聞・テレビから思う | Comments(0)

平昌オリンピック閉幕

 平昌オリンピックがついに閉幕。
何しろ野次馬なので開会式からテレビにくぎ付け状態でした。フィギアスケートの羽生結弦、宇野昌磨さんの金銀メダルを得るに至る様子、男子複合の渡部暁人さん、ジャンプの高梨沙羅さん、スピードスケート陣の小平奈緒さん、最後のカーリング女子チームなどなど。
 みんなみんな、この日のこの時を目指して4年間精進してきた結果。本当に大変な日々をこの日の為に頑張ってきたのだなあと思います。やりたいことを我慢してずっと過ごしてきた彼ら。続く北京大会に向けてもうすぐ始動していくのでしょうね。


スケートのエキシビジョンはBSで楽しみに見たので日曜の午前中がつぶれてしまいましたが、競技と違って各選手が楽しんで演技しているのがよかったです。スペインのハビエル・フェルナンデス選手のは次々に小道具を出したり衣装が替わってコミカルな味があってよかったですし、ザギトワのセクシーな豹みたいな衣装にはどっきりしました。トリが羽生結弦選手で、白鳥みたいな衣装でトリの貫禄十分でした。

閉会式は思ったほどではなかったですが、小平奈緒選手が選ばれてバッハ会長の横に並んだのは、ライバル選手への思いやりが評判になったからなのでしょう。
よかったよかった。


 月並みですが感動をありがとうと言いたいです。 

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by kurashiki-keiko | 2018-02-25 23:39 | 感動したこと | Comments(0)

やっぱり5回くらいは見ました

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 17日お昼は日本中の人がテレビのスケートに釘付けになっていたと思います。
私もその一人で、外出先から間に合うように帰り、テレビを食い入るように見続けていました。
なんとも優雅な狩衣のような「陰陽師」の衣装、伸びやかな手足、素晴らしいジャンプやステップ、けがを乗り越えての素晴らしい得点。ああ、彼ほどにこの日本を興奮させた人はいません。そして続く宇野昌磨選手の演技も彼の最高点。まさかまさか、金銀を独占するとは。
これまでの努力が無駄ではなかったと思わせられることって、本当にうれしいことです。
彼らに心からのおめでとうを言いたいです。そして感動をありがとう。

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by kurashiki-keiko | 2018-02-18 01:45 | 感動したこと | Comments(0)

星野仙一氏亡くなる

 プロ野球の野球殿堂入りしてお祝いの会をしたばかりの星野さんがお亡くなりになった。
昨年11月13日に、倉敷市民会館で民生委員制度発足100周年記念行事の講演を聞かせてもらって間がないので、とても驚いています。
講演の内容によると、星野さんは本当は強かった倉敷工業に行きたかったそうでしたが、弱かった方の倉敷商業へ行き、甲子園へ行くことができなかったそうです。明治大学の野球部では甲子園に行ったことのある人が優遇されたのでなにくそと、目立つ方法を考えてなんとかグランドに入れるようになり、成績を残すことができたのだそうです。
 ユーモアあふれるお話で、その後の監督人生を含め機を見るのにうまい人だったのだなという印象です。ここぞというときに決断できるかどうかで人生の道筋が違ってくるということはこの人を見ればよくわかる気がします。
 あんなにお元気そうだったのに、わずか2か月足らずでお亡くなりになるとは、驚きと同時に、体調の悪さを隠していたのかしら、と少しばかりの悲しさくやしさを感じます。
 プロ野球選手・監督としての業績は改めて知りましたが、負けず嫌いの性格と同時に、機を見ることの大切さ、ここぞと言うときの決断の大切さを教えてくださった人だったと思います。
 ご冥福をお祈りします。

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by kurashiki-keiko | 2018-01-06 13:30 | しみじみしたこと | Comments(0)

孫とおすもう

 2,3日前、預かるときにお散歩ももう寒くなってきたし、家の中では孫は何かというとすぐパソコンのアンパンマンもどきの動画を見たがるけれど、それはなるべく避けたいと思っていて、ふと思いついておすもうごっこを始めました。
 孫たちはテレビでお相撲を見ることはないらしく、私のうろ覚えの所作を面白がってくれました。私がまずは呼び出しさんになって「〇〇山ぁ」と呼び出し、今度は2人ともお相撲さんになって、土俵に上がり、四股を踏み、塩をまき、仕切り線に手をついて見合って、はっけよい。塩かごに見立てたのは牛乳パック椅子。ちょうど二つあるので、見えない土俵のそれぞれの隅のあたりに置いて、そこへ手をやって塩をまく所作をします。
 見えない仕切り線に向かってこぶしをつき、相手を「勝ってやるぞ」としっかりにらんではっけよい。手加減で勝ったり負けたりになるようにします。賞金が出たら手刀をして受け取る。・・・それらの独特の所作が孫にとってはとても面白いらしく、何度ももう一度、もう一度、と挑んできます。なにしろ4歳女児ですから軽々とつり出し、も可能ですがそこはそれ。
 とまあ、やってみてから、(あれ、四股を踏むだけではなくてなにか手を打ち鳴らしていたっけ、とかどうもはっきりしません。最初はそれでやっていましたが、自分で納得できずに、YOU TUBEで確認してみると、最初に自分の方の陣地?で四股を踏んで口を漱いで、それから塩にかかっていました。
 そして孫とたまたま「しょっきり」の愉快な所作を見てげらげら笑い、また孫とお相撲ごっこ。
 四股を踏むのはまた股関節の運動になってよいかも、と、孫にもしっかり足を開いて踏ん張る、と教えて、面白がる孫と何度も取り組みをし、勝ったり負けたり、賞金(に見立てた薄い箱)を軍配に見立てたうちわに乗せて手刀で受け取る、というのをやっています。
 お相撲界というのは今いろいろと問題が怒っているみたいですが、平和な孫とのお相撲ごっこです。

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by kurashiki-keiko | 2017-12-08 22:48 | | Comments(0)

出征する人見送る人

 NHK総合テレビの「ファミリーヒストリー」。11月29日の回は佐野史郎さん。
彼の家は150年続く医者の家系だったそうです。地域医療を担って、長男は大事な後継ぎだからと特別扱いされて育ったのだとか。佐野史郎さん自身は医者にならずに役者の道を志してしまったのだけれども、弟によると、カニ味噌を食べさせてもらうのはお兄ちゃんだけだった、のだとか。
 そんな彼のお父さんのご友人に、新潟で現役医師をしている人が語ったお話がありました。90歳で現役、というその人は、同世代の人が兵役に着く中で、自分たちは医学部だったために兵隊に行かずに済んだ、だからその分勉学に励まなくては、という気持ちが皆あったと思う、と。

 私の父も生きていれば92歳になりますが、あの時折映像で目にする雨の神宮球場の学徒動員の出陣式の模様、父はスタンドで見送る側だったそうです。旧制六高の文科を、小説家を夢みて受験したものの失敗。やむなく京都の恩地塾という予備校に通う間に親友になったのは、医者の息子でどうしても医者にならなくてはならなかったというM君。そのM君に影響されて医大の予科に方向転換して合格したそうです。おかげで兵役免除になったとのこと。人生万事塞翁が馬とはこのこと。
 そのおかげでというか、代々の医者の家系の娘だった母とお見合いして結婚したというわけでした。

 で、佐野家は地域医療の仕事を絶やさないようにと、弟さんが今ではあとを継いでいらっしゃるのだとか。
 母の実家も江戸時代からの医者の家系で、祖父が医学生の時に曾祖父が急逝したために、しばらく途絶えたので、祖父が又開業した時には苦労もあったのだと聞かされていましたが、母の弟になる叔父が2人医者になり、叔父の娘がまた医大に合格した時の祖父の喜びは大きかったそうです。
 佐野家のおじいさんが往診に自転車やオートバイで駆け付ける話は、祖父が晴れ用、雨用の2台を持ちよく手入れしていたことを思いだしました。そのドロップハンドルの自転車のハンドルとサドルを結ぶ横棒に往診カバンを下げて行ったり、また狭い田舎道でも行けるようにと初代マツダキャロルを愛車にしていたことも思いだします。
 田舎医者、として地域医療に貢献していた祖父、叔父、そして従姉妹。よく頑張っています。

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by kurashiki-keiko | 2017-11-30 22:29 | しみじみしたこと | Comments(2)

英会話テキストで倉敷美観地区が

 今日聞いたことですが、NHKのEテレの「しごとの基礎英語」の11月号テキストに、倉敷美観地区と児島のジーンズストリートでの会話が取り上げられているのだそうです。
 さっそくテキストを手に入れることにしました。
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 私は高校2年生の時に、当時のラジオ「基礎英語」を毎日聞いていました。英語の授業の成績はさえなかったけれど、発音はよくなったような気がします。
 地元の観光案内が英会話のお手本として取り上げられるなんてめったにないことなので、勉強してみたいです。

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by kurashiki-keiko | 2017-11-07 22:27 | ニュース | Comments(0)

TBS「コウノドリ」第4話から

 産科医のドラマ「コウノドリ」第4話を見て。
安めぐみさん扮する、第1子の女の子を帝王切開で生んだ妊婦。次の子はどうしても自然分娩したい、とがんばってがんばって。上の子の女の子も産気づいたお母さんをとても心配して見守る。夫役が岡山県出身俳優の前野朋哉さん。auのCMで一寸法師の役をやっている人。さえない感じがとてもいい味。
 最後に駆け出しの研修医がお母さんにおめでとうを言ったこと。主人公のサクラが、「医者の中でも産科医はおめでとうと言える数少ない医者だ」という場面。本当にそう。
 私の父も、60才ごろに、友人の老人専門病院経営の人に、来ないかと誘われたらしいけれども、新しい命の誕生の瞬間に立ち会える産科をやめる決心はつかなくてお断りしたとか聞きました。お産は日夜いつともわからない激務だけれど、そんな父の喜びがそんなところにあったのだなとその時に思いました。
 今回もなかなか家族のもとに帰れない医師の話題が出ていました。
 うちの父にもなかなか休みがなかったことを思います。医師を陰で支える妻や子の存在も忘れてはならないと思います。

 手術するために手を大切にしなければならないと、母は庭木の剪定や大工仕事もやっていましたし、父親とはキャッチボールもしてもらえなかったと弟は言っていたようです。
 ただ、その当時の地方の公立病院は小さくて家族的だったから、夏には病院から何度かみんなで日帰りで海水浴に行って近所に住む院長先生の一人娘とか内科医の双子の娘さんらと仲良く泳いだりしたことが楽しい思い出です。お父さんたちは休憩所にした旅館で医師や薬局長、レントゲン技師さんら職域を越えて囲碁や将棋を楽しんだり飲んだりしてひとときを楽しんでいました。小学校の時代の古き良き小ぢんまりした病院の時代でした。
 病院が大きくなるにつれてそういう行事も少なくなっていったようです。



 


More( msnニュースより引用)
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by kurashiki-keiko | 2017-11-03 23:28 | その他 | Comments(0)