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縫い物 洋裁グループにて

 毎月第4月曜日は基本的の会の洋裁グループの日で、これまで十何年も出たい出たいと思っていたのに翌日の委員会の準備が忙しい役目だったのでなかなか時間的に無理だとあきらめていたのです。ようやく昨年あたり、「白いスモックエプロンを縫いましょう」という呼びかけに答えて、子どもが生活団に入って以来もう40年ぶりくらいに白のスモックエプロンを縫い上げました。続いて孫の子供用エプロンを縫い、そして今回は、うまく縫えたらセールに出来るかと、胸当てエプロンを裁ちました。
 何しろ折り紙がきちっと折れないという性格なので、最後までうまくできるかはわかりません。が、何度も縫ううちに手が覚えるかと思って、縫ってみることにします。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-23 22:16 | うれしかったこと | Comments(0)

入園式に出席して

 13日(金)孫娘にとっては待ちに待った初めての経験。息子も半日休んで出席するらしく、9時過ぎ、夫婦とも盛装し、孫娘はピカピカの制服に身を包んでのお出かけ。私は少し遅れていくことになっていたので、門の前での記念撮影。
 私はスマホで、息子は自慢の?デジタル一眼レフで写してくれ、と言うので慣れないカメラを構えてみたものの、重いしレンズの調整やらシャッターの位置が慣れないもので四苦八苦、構図が悪いのなんのと文句を言われました。結局は私がスマホで撮った記念写真を子供たちとのLINEにUP。
 9時40分、と思って招待状を確認したら「までに」だったので慌てて家を出ました。
 最後から2番目の到着で来賓の控室である園長室で桜茶をいただきました。市会議員さん以下小学校の校長先生やら町内会長さんやらで来賓は15人。
 席の前に置いてあった園児の名簿を見ると、お兄ちゃんの時にはすれすれで2クラスだったものが、今年は17名。半分になっていました。幼稚園より保育園へ行くこの方が増えていたり、私立へ行く子が多かったりする影響でしょうか。

 式は2階のお遊戯室で、あくまでも子供主体で、園長先生のご挨拶も半分はペープサートで、これからの幼稚園生活を楽しんでねという風な内容。担任の先生紹介もその続きといった感じ。これまでは来賓が1人ずつ立って紹介してもらい「おめでとうございます」の一言くらいは言わせてもらう機会があったのでしたが、今年は名簿を見てください、で終わり、挨拶は例年通り代表して隣接する小学校の校長先生がなさいました。
 その式の間中、式場の部屋を立って歩き回る女の子がいました。いわゆる発達障害の一種、注意欠陥多動性障害、の子なのかなと推察されました。上靴の底が固いものだから結構足音を立てて部屋中を動き回っていました。この場がどういうものかがうまくわかっていない様でした。その子と、その子のご両親のことを思うと胸が痛みました。

 終わって控室に戻り、そのことを話すと、たまたまごいっしょだった民生委員の人のお孫さんも発達障害で、音に対して敏感だったり、こだわりが強くて食べものでも好き嫌いが理由があってはっきりしていたり、人と同じ行動が出来なかったりしていて住まいの近くの病院に療育に通っており、小学3年になってだいぶ良くなってきたのだそうです。
 昔だったら「変な子」「変わった子」というだけで何の処方もされなかったであろう子供、結構な比率でいることがわかり、最近では療育という場が与えられて小さいうちから対処されていることはとてもありがたいことだと思います。今は子どもたちの中で「変わった子」であったとしても、子どものうちにその特性を知る人に対処法を踏まえて指導を受ける事が大事かなと思われます。
 大人になって職場になじめなかったり、それまで生きにくいと感じていて初めて発達障害だったと知る、という話をよく聞きます。その人その人の好さが生かされて働ける職業に巡り合うことが、その人の人生にとってどれほど大切な事かと思います。
 どうか今日出会ったお子さんもよい療育の機会を得て、良い方向に育って行ってほしいと願います。

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by kurashiki-keiko | 2018-04-13 14:21 | しみじみしたこと | Comments(0)

人類の祖先の進化に学んだこと

 8日夜9時からのNHKの番組で、人類の祖先がサルからヒトになるまでの進化の過程を見せてもらいました。
二足歩行をするようになり、環境がジャングルから草原へと変化していくにつけ、か弱い牙も持たない存在がいかに生き延びてきたかという奇跡のような物語でした。
 草原になると、肉食獣たちから身を守るには圧倒的に弱いこと。
最初に身を守る手立てとしたのは群れを作ること。仲間を作って怖い肉食獣から身を守る手立てにしたこと。
次に、死肉をあさるようになり、骨に着いた身を食べるうちに、骨の内部の骨髄を食べるために石器を発見。石器で骨を割って骨髄を食べられるようになります。
それから、この時期かどうか忘れましたが、ある時代の骨から、その時代の人類に心が目覚めたことがわかる、ということでした。半信半疑で見ていくと、それはこういうことでした。

 ある時代の骨を見ると、歯がほとんどないのに長く生きた様子が分かったそうです。それはつまり、歯がなくても柔らかい食べ物を提供されていた証拠であり、そういう人に対する思いやりの心が見てとれる、という研究者の話でした。
そうか、老人介護だとかいう話は、ヒトとしての思いやりから出てくることなのか、とあらためて学んだようなことでした。
NHKスペシャル 人類誕生 こうしてヒトは生まれた

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by kurashiki-keiko | 2018-04-09 23:19 | しみじみしたこと | Comments(0)

大腸ポリープ切除の2日後

 金曜日に大腸ポリープ3個を切除してもらって2日経ちました。
以前入院して1個取ってもらったときにこんなに痛かったか?と思うのですが、思い出せません。
腸の中は神経などないはずなのに、おなかの上の方と下の方2か所、まるで内部を寄生虫か何かにかみつかれているかのような痛みがずっとあって、何も手につきません。
 朝は昨夜したうどん鍋の残りでお雑炊、お昼は同じような煮込みうどん、夜は孫たちとお好み焼き。
ごろごろしながら本を一冊、以前本屋大賞を受賞した『船を編む』を読破。久しぶりにまともに小説を読破しました。
とはいえ、後はごろごろと寝っ転がってテレビを見るなどして過ごしていました。
 
 ・・・夜になってカレンダーに何か書いているのを発見。あらー、今日4月8日は朝8時から町内の一斉清掃で溝などの泥揚げと公園の掃除があったのでした。・・・ひとつも思いだすことなく、過ぎてしまっていました。申し訳なさでいっぱい。

 月曜日いっぱいでこの痛みが取れるといいのですが。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-04-08 22:44 | 健康 | Comments(2)

内視鏡で大腸ポリープを切除

 記録の為にこちらの記事を書くことにします。
 記録によると、私は2004年に1泊で大腸ポリープの切除術を受けています。その時の記憶によると、大して痛くもなく、どうして1泊だったかと言うと、面積が広かったから、との説明を受けたように思います。
 今回も、1年ほど前に大腸内視鏡検査を受け、その時に1個ポリープがあったので、どうしますか、という相談で、切除することになったのです。
 大腸内視鏡は胃カメラとは違い腸の下部の方までを空っぽにしないといけません。以前は病院に行ってから下剤を飲み始めたのですが、今回は朝5時から自宅ではじめ、大体排便を済ませてから8時半に病院に行く、という手はずになっていました。
 5時起床、しかし実際には身支度などで20分くらい過ぎていましたので、処方には10分から15分おきに下剤を200㏄ずつ飲んでいくのを10分おきにのみ、1リットルに達したところでお茶を500㏄飲む、という段階で、少し寒かったのであたたかいお茶にしたのがよくなかったのかどうなのか、気分が悪くなり、飲んでいたほとんどの下剤と思われる分を吐いてしまいました。その後30分くらい置いて後の下剤をようやく飲みました。
 家で出たのは普通便の2回と、やや泥状の物1回。
 8時半までに夫に送ってもらって病院へ。
 内視鏡のエリアは、まず寝間着とおしりのところが二重になって穴が開いている紙パンツ(7分丈のズボン位の物)に着替えます。待合室のようなところの横手にトイレが7つ8つ並んでいて、やってきた患者さんは看護師さんの指示に従って下剤を飲み、便の状態を一々見てもらってチェックを受けます。
 看護師さんにトイレで出たものを見せてくれと言われ、見てもらうと、まだまだ、泥状とはいえ検査を受けられる状態ではなかったので、高圧浣腸を受けることになりました。
 別室のベッドでお尻から管を入れてもらう段になって変。看護師さん、そこは私の膣です、と言わないとうっかり間違えられるところでした。危ない。ともかく、500㏄入ったところですぐ横の便器へ。まだまだ液が便を巻き込んで出してくれない。2本入れるのが普通だそうで、もう500㏄。便を巻き込んでくれるように体を1回転。最低3分だけど5分くらい我慢して出してみると、今度は透明になっていました。ようやく検査が受けられます。
 ここでもう11時ごろになっていました。いよいよ診察台でカテーテルを肛門から入れられます。1個だけと聞いていたのですぐかと思ったら、カテーテルはどんどん奥へ奥へ。腸の曲がり角?と思われる部分に差し掛かると苦しいの痛いのなんの。こういう時は痛いと言わなくては、と、痛い痛いという。本当に痛くて苦しかったのです。モニター画面が目の前にあるのですが、中々それを見てはいられないくらい苦しくて。あんまり痛いというものだから痛み止めを、もともと腕に確保していた注射の口から入れてくれました。でもまだ問題のポリープに到達しない模様、また気分が悪くなって吐いてしまいました。看護師さんがおなかを上から抑えるなどして、ようやく目的のポリープにたどり着き、青い染色液を掛けてワイヤーで縛り取る、という手順でしたが、なんと、1個と思っていたら多数できていたようで、目立つもの3個だけを取ったとの事。せいぜい30分のことと思っていたら1時間かかっていました。短期間に多数に増えていたことでドクターもとまどったようです。
 ようやく終わって、時間が長かったせいで点滴を受けながらベッドで1時間ほどの休憩。
 高圧浣腸とポリープの数も多かったのもあったのでしょう、会計は2万円ちょっとになっていました。
 さらに、切除したら普通にすぐごはんが食べられると誤解していました。腸の中の傷口を刺激しないように、当分は食事制限があるのでした。 (以下の表はネットで探したもので、今回の病院とは関係ありません)
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 そんなこととは知らず、ついその2日ほど前に立てていた献立は、タケノコの煮物やら、翌々日には豚のフィレカツやきんぴらを作る予定でしたので、帰宅後食材を買いに行きました。
 おなかが痛くて、晩ごはんを作る気力もなく、近所のうどん屋さんへ。
 翌朝は買ってきたお豆腐を温めて鰹節とポン酢をかけたのと、紅茶とバナナ。
 昼は山梨のほうとう風の煮込みうどん。
 おかげで体重は少し減りました。

 

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by kurashiki-keiko | 2018-04-07 16:57 | 健康 | Comments(0)

講演会のチラシもらって帰る

 倉敷友の会主催の講演会が、樋口恵子さんを講師に、6月22日(金)、倉敷市民会館で午前10時半から12時まで開かれることに決まり、3日、チラシが刷り上がったのでもらって帰りました。
 倉敷市民会館大ホールが埋まるくらいの大勢のお客様に来てもらいたいと願っています。


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by kurashiki-keiko | 2018-04-03 23:15 | その他 | Comments(0)

ついに来ました、振り込め詐欺

本日、我が家の郵便受けにわたし宛のはがきが入っていました。何気なく裏を返してみてびっくり。
これって、あのうわさに聞く振り込め詐欺!!
びーっくり仰天。幸い我が家は息子一家との二世帯住宅だし、大体私はひっかかりませーんよだ。
消印は東京・板橋でした。息子曰く、「郵便局が気づけよ、ってことだな、こんなの大量に出しているだろうに」
私「郵便局はただお運びさんだけじゃないの?」。
本日14日、期限を16日に設定して慌てふためいて振り込むのを狙ってのことなのでしょうね。
皆さま、お気をお付けください。
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by kurashiki-keiko | 2018-03-14 18:24 | 興奮したこと | Comments(0)

聞き上手

 このところ東北の震災のことについて様々に報道がされる時期になっています。8日木曜日の朝、うとうとしながら寝床で聞いていたラジオ番組で、はっとさせられることがありました。ちょうど思うことがあったからです。
 それは、場所が三陸のどこだったのか覚えていませんが、聞き取り調査をする時の話で、震災被害にあった人に話をしてもらっていて、あるときになるとその人がふっと話をしなくなることがあったそうです。それは、知らず知らずのうちに聞き手が放してもらいたいことをストーリーとして持っていて、それは話し手の話したい事柄とは違うということを感じ取られて、黙ってしまわれるのだと気付いたそうです。それからは、相手の呼吸なども丸ごと聴き取り、話したいことを話してもらい、「聴き手」となってListenに徹するようにして相手の話を引き出すように努めているとの事でした。
 なるほどと深く思いました。先日のある発表に関して大先輩の話がテーマに沿ってないような気がして少し違和感があったのでしたが、大きなテーマである生活の「基本のき」について、話してくださったのだと思うと、その人の立派さをそのまま受け止め、お手本として尊敬する心がこちらにないと聴き取ることができないのだと反省したことでした。d0031853_22350313.gif

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by kurashiki-keiko | 2018-03-10 22:33 | しみじみしたこと | Comments(0)

IH調理器でも火事になりかける

 我が家はいわゆるオール電化住宅になっています。
したがって調理機器はIHです。
したがって炎は出なくて、揚げ物などでも火が出るなどということはないもの、と安心していました。
なので、油がはねるのを止める意味で、揚げ物鍋の周囲に新聞紙を置いたり、揚げ物を取り出すバットは片方のIH調理器の上に新聞紙を広げてその上に置いて揚げ物をしていました。

 で、先日、どうしたはずみかその揚げ物を片方でしていてもう片方の揚げ物用のバットを置いたその下の調理器にスイッチが入っていたことに気づかず、別の作業をするためにコンロとは別の方を向いていた時。ふっと、何か匂ったのです。 
あれ?と思って振り向いたらなんと。
新聞紙が燃え上がっていたのです。
揚げ物を上げるためのバットに敷いた新聞紙が発火。
続いて鍋の周囲にめぐらした新聞紙に燃え移っていたのです。
わー、火事になる!!
と、流し台に幸いにも水を張った洗いおけがあったので、火のついた新聞紙をその上に移し、どうにか消し止めることが出来ました。怖かった。
結果、バットはこんなになりました。
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前々からこの調理器具のスイッチの場所が、熱源と同じ平面のガラスにタッチパネルになっていて、水滴が鍋から落ちてもすぐに誤作動してしまうのが不満でしたが、何かの拍子にこんなことでスイッチが入っていたとは。新聞紙を下に敷いていた私もバカでした。反省です。

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by kurashiki-keiko | 2018-03-09 00:04 | おでかけ | Comments(0)

「お水取り」の思い出

 本日2月28日付朝日新聞の誌面に、昔のお水取りの写真の秘蔵写真が見つかったとのことで、6枚の戦前の奈良の東大寺二月堂のお水取りの写真が掲載されていました。
その写真を見て、約50年前の学生時代に私も拝見したことがあるのを思い出しました。

 当時のゼミの恩師のおかげで、有名な今は無き日吉館に泊り、3月12日の「おたいまつ」に始まる一連の行事を格子越しに拝見しました。
二月堂の回廊を大きなお松明を持った童子がゆっくりと登って行ったかと思うと、回廊のまわりを廻り、角のところに差し掛かるとわっさわっさと振られると、火の粉が雨のように降り注ぎました。受けると無病息災と言うので手を伸ばして私も大勢の人の中で同じように。
 真夜中、眠い目をこすり厚着をし、修行僧の様子を固唾をのんで見守りました。床をカタカタと踏み鳴らす「走りの行」や「韃靼」という板を踏み鳴らす動作を声明(しょうみょう)と共に繰り返す。「天上の1年は地上の百年に当たると言われていて、それを取り戻すように走る」と恩師に教えられてなるほど、と興味深く。
「お水取り」のお水を格子越しにひしゃくから手に受けて飲ませて頂いたのがクライマックスでした。真っ暗で寒かった二月堂の格子の向こうで動き回る僧たちの修行の様子、人生で稀有な経験だったことを、記事のおかげで思いだすことが出来ました。(写真は朝日新聞デジタルより)
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by kurashiki-keiko | 2018-02-28 09:06 | しみじみしたこと | Comments(0)