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寒い

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朝の食事室の室温。床下の断熱材がほぼないに等しい?我が家。窓ガラスは数年前にペアガラスにリフォームしたのに、このところの厳しい寒さに朝はこんな温度。早くあったかくならないものか。昼まで暖房をつけてようやく20℃くらいになるのです。
 寒さのせいか、1月の互礼会のくじで1等賞でいただいたシクラメンの立派な鉢の花が半分ぐったりしてしまいました。

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by kurashiki-keiko | 2018-02-08 00:07 | 日常 | Comments(0)

防災訓練 いざというときに何ができるか

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2月4日(日)、小学校で地域住民の防災訓練がありました。
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まずは市役所の防災課?の方からの出前講座を体育館で聞きました。この日はとても寒い日で、暖房のない体育館は冷え冷えしていました。
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 南海トラフの巨大地震が起こると、下田、鳥羽、土佐清水などには巨大津波が来ること。
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倉敷市にも3.2mの津波が予想されるけれども、それらは213分後のことなので時間的余裕はあること。
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しかしながら、国の災害支援はより大きな被害を被ったところへ行くだろうから、比較的被害の軽微なこちらでは、できるだけ自助努力が欠かせないことを教わりました。

 その後、私にとっては何度目かのAEDの使い方講習。まず倒れている人の意識が歩かないかを大丈夫ですか、と声をかける、周りに119番への連絡を頼む、心臓マッサージをする、そしてAEDを探して持って来てもらう、電気ショックをする、などの手順を繰り返しで覚えました。

 次は水を入れた消火器で消火訓練。野次馬の私は、ハイハイと手を挙げて消火器での消火訓練に参加しました。
続いて、黄色いシートで覆われた煙体験コーナーへ。一昨年も体験させてはもらったのですが、もう一度、煙で前が見えないうえに、昼間だからまだいいもののこれが真っ暗だったらと思うと、パニックになりそうです。

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参加者には麦茶のペットボトルと、こちらの非常食をいただきました。
2リットル入りの水の6本入り2箱を常備していますが、食料もローリングストックというのを聞いています。冷蔵庫や食品庫の中にストックしているものを使いながら常備して置くというものだそうですが、もう一度、それらを使ってどんな食事が作れるのか日頃から考えながら使っていくのが必要かなあ、と思ったことでした。
 例えば主婦が急にインフルエンザになってお買い物に出られなくなったとか、日常でも何が起こるかわからないですから、今備蓄しているもので1週間とか食べつないでいくというシミュレーションをしてみるのも一つの手立てかもしれません。

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by kurashiki-keiko | 2018-02-07 02:10 | 地域社会 | Comments(0)

入園用袋物作り手伝い

 今日も午後の1時から3時までの2時間、お嫁さんの縫物のお手伝いをしました。
 今日は先日作りかけのお弁当袋、マチを縫うところで終わったので、ひっくり返して紐通し口のところを縫うことと、上靴入れとトートバッグの紐を縫うところをしました。
 なにしろ手が慣れてないのでゆっくりゆっくり、慎重に。
 その間私は孫のお相手。今日はお絵かきとブロック。孫もだいぶ退屈気味なので、しっかりお相手。
 それにしてもこのご時世、幼稚園バッグの縫い方はYOUTUBEを見るとあふれかえっていてびっくり。丁寧に縫う人の目線で動画になっているので、私はそれを見ながらお嫁さんに手順を教えています。ほんと、わかりやすくて助かります。

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by kurashiki-keiko | 2018-02-05 16:25 | 日常 | Comments(0)

「何でも鑑定団」出演記念のチボリベアー

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 4歳の孫がおもちゃにしていたクマさんのズボンのゴムがすっかり劣化してしまったので、ついでに洗濯してゴムを入れ替えてやりました。こちら、今はもうない倉敷チボリ公園のみやげ物だったチボリベアー。体の方の毛もすっかり色あせています。
 倉敷で「なんでも鑑定団」があった時に、我が家のご先祖様から伝わる、田起こしから田植え、稲刈り、収穫してお蔵に収めるまでの様子を20個のお椀のふたに描かれたものを応募したところ出品させていただきました。
 当日は台風による雨のため予定のアイビースクエアの中庭が使えず、西小学校の体育館で収録が行われました。スタッフは新幹線が動かず京都から車で移動してきたそうです。小学校の控室の近くで司会の松尾伴内さんが歯磨きをされていたことを思いだします。出品したお椀は民具などが専門の安岡先生が鑑定してくださり、15万円との事でした。予想より高かったか何かで、賞品としてこちらの熊さんを、ステージでデンマーク人らしい若い女性から渡してもらいました。
 記念に鑑定士の安岡路洋先生のサインを背中に書いていただきました。1997年7月27日と、忘れないように白いたすきの部分に書きいれてあります。
 テレビ放映もちょうど倉敷を台風が通過した日で因縁を感じたものです。放映後、後筑波大学の農学部教授で農業史がご専門の佐藤常雄先生(2006年5月歿)や、岡山の郷土文化財団の郷原漆器を再興された高山雅之先生が訪ねてこられたりして反響がありました。

 もうすっかり色あせたチボリベアーですが、孫が赤ちゃん代わりのように抱っこしてミルクを飲ませるような遊びをしていたものだからつい思いだしました。

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by kurashiki-keiko | 2018-01-28 08:36 | 日常 | Comments(0)

アルバム整理の強い味方があったのだ

 星野仙一さんの追悼番組「ファミリーヒストリー」を見ながらアルバム整理の続きをしました。2005年前後の分です。

 細かいことはいろいろとありましたが、大きい行事としては、亡父の十三回忌の多数の写真がありました。亡母がまだ元気だったので、趣味のカメラで記念写真を撮りまくっていたころです。北海道の下の弟一家も来ていて、子どもたちと会ったのはこれ以来ないような気がします。
 それはともかく、たくさんの写真を順番にアルバムに並べて入れていくだけで、「はて、この写真はいつの、何の行事?」と分からないものもありました。その当時の写真には日付がプリントされていなかったためです。 
 ところが、我が家にはこの20年来私が編集してきた家族新聞という強い味方、いや資料があります。こちらを見ながら並べて行けばよかった、ということに後になって気づきました。今後はそうしましょう。 

 それにしても、そろそろ断捨離だの終活だのをしなくては、と思うのに、思い出だけはなかなか捨てられないものです。

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by kurashiki-keiko | 2018-01-11 01:05 | しみじみしたこと | Comments(0)

家族の歴史―NHK「ファミリーヒストリー」星野仙一編を見て

 今夜、たまたま星野仙一さん追悼番組として、NHKで「ファミリーヒストリー」を見ました。2015年の放送分だそうでした。星野さんのお父さんは、星野さんがおなかにいるときにお亡くなりになったのでした。上の女の子2人と仙一さんを抱えて、お母さんは七竿あった箪笥の着物を売り払い、終いには下駄箱まで売って、子どもたちを食べさせるのに必死だったそうです。仙一さんが幼稚園になってから働きに出られたのだそうです。
 お父さんが飛行機の製造をしていた三菱に勤めていて、その工場が水島にできたので転勤で倉敷にやってきて、中学を出たばかりの少年たちを工員に教育する責任者になられていたそうです。お父さんが亡くなった後、その学校でお世話になった人が、元上司の奥さんだと言うので、仙一さんのおかあさんの働き口を世話してくださったそうです。
 仙一さんはその経済状態を知って、物を欲しがることはなかったのだけれども、ある時お母さんが通りがかりに、同級生が野球に興じる中で仙一さんだけがグローブがなかったのを見て、千円札を出してやり、グローブを買うように言ったそうです。仙一さんはうれしくて抱いて寝たそうです。 長じて、大学にも進学させてもらい、プロの契約金をもらったとき、それまでの仕送りの現金封筒をすべて保存していた仙一さんは、合計額が340万円くらいになっていたそうですが、400万円の現金をもってお母さんに渡したそうです。なんてステキなお話でしょうか。


 
 
 

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by kurashiki-keiko | 2018-01-11 00:58 | がんばったなあ | Comments(0)

写真の整理

 1月8日(月・成人の日)、成人の日という祝日はやっぱり15日というのが私世代の人は染みついている気がします。8日というのはいかにも早すぎる感があります。なので、実感が伴わない。
 それはともかく、8日の祝日、午前中は定番の朝食のミネストローネのまとめづくりをし、午後は年末に買い込んできた薄手の表紙のアルバムに、2003年から2005年の写真を整理しながら入れて行きました。
 この時代はメーリングリストのお仲間とツーデーマーチの催しで20㎞歩いたり、オフ会に参加したり、パソコン講座の受講生から講師にさせて頂いたりと、パソコンのおかげで世界が広がった時代でもありましたので、その時々の写真もありました。

 2003年の3月には娘の結婚式があり、さすがにたくさんたくさんの写真があったのを、似たような場面の物やら、息子2人にも別々にアルバムを作ってやろうとしていて1場面に3枚ずつプリントしていたりしたのを、それぞれの息子たちももうこの期に及んで姉のそうした写真ももういらないのではと、1枚ずつこのアルバムに入れるだけにして、かなりの写真を処分。
 次いで初孫の写真がやはり多い。手振れしたのやらピンボケのやらも結構あったので、これまたかなり処分。
 それから、時間に余裕ができてきた時代だったので、五島やら北海道やらに旅行したのがあり、珍しかったので風景写真が多数。これもまた五島の教会群の写真だけ残して風景などの写真は思い出だけでよいとばかりにかなり処分。そんなわけで、かなりの時間がかかりましたが、写真そのものやらそれを入れていた写真屋さんでタダでもらったミニポケットアルバムもかなり捨てました。
 

 たったの2年分で半日かかってしまいましたが、これ以後のがずっと整理されていないというわけではなくて、2007年以後のはアルバムになっているのです。
 しかし、それでも旅行先などはうれしがってたくさんたくさんの写真を保存しているので、もっとコンパクトに圧縮しなくては、とは思っています。いつになることやら、ではあります。ともかく緒に就いただけでもよし、という感じでした。

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by kurashiki-keiko | 2018-01-10 01:29 | がんばったなあ | Comments(0)

家計集計 1年分の総決算

 午前中に最後の買い物をして、お雑煮の具の準備も終え、午後のひとときを今年の家計簿の総決算をしました。
こんなに早くできたのは初めて。
夫の退職後でいろいろとこれまでとは勝手の違う家計で、給料日に当たる日に銀行預金を引き出しに出かけるというのも新しい習慣となったり、預金が減っていく一方で投資したお金の利益分は預金に入るように手続きしたので少しずつとはいえ入ってくるお金もあったり。
人生100年時代というので、これからのいわゆる老後の時代、破産しないように家計簿を道しるべに上手にお金の管理をしていかなくては、と一層思う今年の暮れです。

 来年の家計簿は、私が「羽仁もと子案家計簿」をつけ始めてからなんとちょうど40冊目になることが分かりました。
「千里の道も一歩から」と申しますが、コツコツと、毎日毎日大切にお財布の中身を数えて記帳してきた道のりがこれまでの39冊だったのだなあ、と感慨深く思います。決して1円も違わずに月末処理ができた年はないのですけれども。

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by kurashiki-keiko | 2017-12-31 16:28 | 感動したこと | Comments(0)

夜なべ仕事に写真の整理

 12月30日の夜は、テレビを見ながらの写真整理をしました。
超忙しかった2000年前後、写真のプリントはカメラ屋さんでサービスにもらえるミニポケットアルバムにどんどん差し込んで、日付順に並べてガムテープで背表紙らしきものを作って輪ゴムでまとめていたのですけれども、ずっと気になっていたのです。
 とりあえず古いけれどもA4くらいのもう少し大きめのポケットアルバムにどんどん入れて行き、一つの行事などで多数ある写真は1,2枚だけ使ってあとは廃棄。1999年から2001年までの物をなんとか薄いアルバム3冊分に入れられました。舅の一周忌と三回忌の写真が含まれていました。
 続いてこれからの分には、娘の結婚式のスナップ写真多数が含まれています。その娘の産んだ孫がもう中学3年生だというのに、写真の整理がこれからだとは。・・・122.png
 2006年までのをこの際整理したいと思っているので、大晦日ではありますがアルバムを買ってこようかと思います。

 大晦日の今日の予定は、そのアルバムを買うことと、お豆腐などの食料品を買い足すこと、お雑煮の具とお出しの準備、年越しのそば・うどん(夫)の準備などです。
 今日の夜なべは、家計簿の1年分の締めがあります。紅白を見ながらできるかな?

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by kurashiki-keiko | 2017-12-31 09:42 | がんばったなあ | Comments(2)

なかなか過去は吹っ切れない

 暮れの27日、買い物にも出ず、大掃除ともいえない普段突っ込んでいる台所の作り付けの棚と、居間の本棚のほんの一部の片付けをしていました。
 台所の方は、作り付けのデスクが1年の間に本当に雑然とした記録の紙やらノートでいっぱい。まずは友の会の会議の記録ノートを全部捨てたらかなり広くなりました。ついでその上の棚の婦人之友3年分だけ置いておくことにしているので、3年前のを取り出して束ねて資源ごみに。スペースがあれば取っておけるのですけれど。特別に参考になる記事の物だけは置いておくことにします。
 次に居間の方の作り付け本棚。こちらも、「かぞくのじかん」がかなり溜まって本の前に二重に置いているのではみ出て危ない、この際古い物を処分することにしてこれも束ねました。その奥の物はなんと、私が7年ほどパソコン講座で教えていた時の自作の教材プリントのファイルが7冊ほどそのままありました。何しろXPの時代だったので、画面の解説ももはや古い。クリヤファイルに収まったそのプリント類の9割がたを資源ごみの雑紙としてまとめ、空になったファイルは、又使うことはたぶんあまりなさそうなので束にして保存。1枚1枚のプリント、週に2晩くらいは半徹夜で作っていたなあ、結構きれいにがんばって作っていたじゃないの、などと自分で過去の自分をほめながら、そしてもう二度とあの仕事に復帰することもないなあ、と思いつつ資源ごみにするために紙袋に入れて行きました。

 そのお隣、本棚の奥の方に「keikoのお出かけ日記」資料のファイルが3冊。かつてそのパソコン講師だったころに300回を超えるほどにメールマガジンに連載させてもらっていた記事の資料の出先でのパンフレット類がありました。連載はもう「まぐまぐ」でもたぶん見られないだろうし、プリントアウトしているのは本に3話くらいなので、大部分の苦心の文章は霧みたいに消えてしまいました。でも最初から、あまり形に残るものを残さない方がよいと思っていたので、それくらいの方がよかった。
 夕方までかかって「たったのこれくらいの箇所だけ?」と言われそうなくらい、ほんの一部だけしか片づけられませんでしたが、無用のファイルの紙類を捨て、すっきりなって達成感がありました。
 


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by kurashiki-keiko | 2017-12-28 00:20 | しみじみしたこと | Comments(0)