タグ:老いということ ( 131 ) タグの人気記事

夫が免許返納へ

 夫が、このところ危なっかしいと思っていたら接触事故を起こし、これ以上大きな事故を起こさないうちにと、免許を返納することになりました。
まだよそ目には若々しい?風貌ながら(つまり髪の毛はちゃんと黒々?とある)、しかもドライブくらいしか趣味のない人ながら、大事にならないうちにと私が勧めたのです。
 警察に行くと、「愛カード」というのは無料で下さいますので、そこの無人の写真撮影で写真を撮り、作っていただきました。これは様々なお店などで割引が受けられるカードだそうです。
 ただ、それだと身分証明書には使えないと言うので、別に身分証になるカードを作ってもらうことにして、そっちは1,000円で、即日とはいかず、2週間ほどかかるそうです。長い運転歴でしたが、ここで一区切り。これからはだいぶ不便になることと思いますが、お隣のご主人ももともと運転されない人で、時々タクシーのお迎えが来ているようなので、我が家でも必要ならばタクシーの利用はありだなと思います。自動車税や任意保険など維持費が浮いてくるのでその分がタクシーに回ることになりそうです。それと、私がある程度運転手になってドライブもしてあげないといけなくなりそうです。

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by kurashiki-keiko | 2018-12-08 00:41 | しみじみしたこと | Comments(0)

神戸南京町へ

 息子が23日に神戸の南京町に行くが一緒にどう?と誘ってくれて、息子運転の車に乗せてもらって孫たちと一緒に出掛けてきました。
 途中、孫がせがんで車内でDVDを見せてもらっていました。クレヨンしんちゃん。実は、南京町に行ってみようと思ったのは、そのクレヨンしんちゃんの舞台が横浜の中華街だったからだそう。孫が「ここは日本?」と聞くので、日本にも中華街があることを見せたかったらしいのです。なーんだ。その質問した孫がまだ2才の時に連れて行き、その当時はキョンシー帽を買ってかぶせた思い出がありますが、孫本人は何も覚えていないようです。
 
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 昼前に到着しました。いかにも中国人らしい人が片言の日本語で店ごとに盛んに呼び込みをしていました。
トイレに行きたかったのですが場所がわからず、とりあえず昼食にお店に入ってそこで用足し。
息子が5品ほど見繕って頼み、丸テーブルを囲みました。少なめにしておいて、あとは食べ歩きを楽しもうという計画です。孫は家で買った生協か何かので好きになったそうで、小籠包が食べたい!と注文。
それから広場に行って、有名な豚まんのお店にお嫁さんは行列して買ってくれたのを食べました。息子によると、なんだか昔より味が落ちたかもしれないとの事でした。その間に私はエビ団子を買って食べたり、息子たちがまた別の店に寄っている間に夫は中華粽、私はにらまんじゅうをまた食べました。にらまんじゅう、おいしそうだったのに買ってみると冷たくてがっかり。中華粽はお箸とトレーがついてきて、歩きながら食べるにはちょっと面倒でした。そこらじゅうで道端で食べている人々がいました。やっぱり中華の点心などはどれもおいしそうで食欲をそそりました。
 午後になると人出も増えて人をかき分けながら歩くのではぐれないかと気を遣いました。大きなスーツケースを引っ張った外国人の観光客もそこかしこにいました。そこでまたトイレをさがすと、「市民トイレ」があるというのを知り、行ってみるとなんと、いかにも中華という感じの装飾が施されたトイレの外観にビックリ、また内部のトイレの個室のドアもすごい装飾でまたびっくり。
 ともかく、片道2時間半、息子の運転のおかげでしばらくぶりに神戸へ行って楽しませてもらいました。

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by kurashiki-keiko | 2018-11-24 01:32 | おでかけ | Comments(0)

今日の片付け (その7)ブランドバッグとコート、査定額は?

 少し前に寝室の天袋から革かばんなどを出し、使って傷んでいたものはすでに処分したのでしたが、まだ真新しいもの1点を取ってありました。それに夫のバーバリーのコートと、ライナー付きのロングコート、私のグレーのハナエ・モリのパンツスーツを、ようやく時間がとれてリサイクルショップへと持って行きました。
 1軒目では、買い取ってもらえたのは夫のバーバリーのコートだけでそれも裾のほうに汚れがあったというので、たったの1,000円。着物のゼロ査定のことがあったので、値段がついただけましか、とそれで買い取ってもらいました。その店ではカバンは扱っていない、というので別の店へ。
 そっちは少し規模が大きかったせいか、査定が出るまで10分くらいでしょうか、呼び出しの番号が書かれたカードを渡されて暫く査定が出るまで待ちました。
 結果、私のパンツスーツは1,500円、そして夫の皮かばんは、コーチだったとのことで8,500円という値段。おー、これまでで一番高い額ではありませんか。コーチだったというのはうかつにも気づきませんでした。夫の皮かばん好きも、ほとんど未使用ということを見るとあんまり実用ではなかったのでしょうか。一緒に持参していた夫のもう1枚の裏ライナー付きのコートは、裏のタグにメーカー名だったかの不備があるようで、またもう1点、体形的にきつくなった礼服も、扱わないとの事で引き取ってもらえず。
 結果1日で11,000円でした。お金目当てではないというものの、和服のゼロ査定がショックだっただけに、値段がついて万々歳、でした。
 ところが、息子が帰宅していうには、駅前のお店の方がたぶん高く買い取ってくれただろうに、との事。駅前のお店なんて知らない私、少々ショックではありました。
 今回であらかたお金になりそうな物は出してしまいました。あとは季節外の衣類など、当面着ない衣服を段ボール箱に詰めて行こうかと思っています。これから寒くなると、日中暖房のない寝室などにはおいそれと整理に入りたくないので、おそらく大幅能率はダウンすることと思います。
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by kurashiki-keiko | 2018-11-22 00:46 | 日常 | Comments(0)

今日の片付け(その5)

 11月4日(日)は前日の晴れの特異日の3日に続いてなんともおだやかなよい日でした。
 片付け日和、とはいうもののスーパーの売り出しを逃さないようにと朝9時には買い出し。前日に見つけた夫のため込んだ小銭を抜け目なく財布が重いほどに持って行き、千円分ほど自動支払機(というのか)で使ってきました。
 前日、箪笥の一番上の小引き出しの中身を整理したはずだったのに、干していた毛布を夫に取り込むように頼んだらそのついでか、また元の引き出しにいれてしまっていたのを、用意した段ボール箱に入れなおしました。引き出しを空にするのが目的だったのに何のことやらでした。

 そして、納戸にあった絵の中からみつけた、娘の肖像画(夫が、娘の成人を記念して?白いワンピース姿で赤いバラを持った写真を写真館で撮ってもらい、それを基に画家に描いてもらった8号くらいの物)、娘の小学1年生の時工作の宿題として作った一閑貼りのくずかご、同じく夏休みの宿題として作った植物採集の標本、3年生と5年生の時の図画を娘の所へ持って行くことにしました。娘は孫を送って出かけるけれど婿がいると言うので、持って行きました。
 図画などは孫がとても母親の子供時代の作品を見たがっているとの事で、廃棄するにしてもいったん彼女らの目にとめてから、と思っていました。2階納戸の洋服ダンスの上の方にほこりをかぶっていたものですけれど、それを作った時のことを思い出すと懐かしいだろうなあ、と思ったことでした。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-11-04 23:49 | しみじみしたこと | Comments(0)

制服のお巡りさんが2人

 22日昼、夫と知り合いの気の置けない人と一緒にファミレスでお昼を食べていました。
 すると、そこへおじいさんと、孫くらいの男の人が一緒に入り口近くの隣の席にやってきました。夫と知り合いとはちょうど背中合わせ、私からは真正面の席でした。おじいさんと若い人とは、料理を注文するでもなく、お店の人を呼んで何やら話をしていました。変だな、と思って見ていると、そのうちになんと、重々しい制服を着た警察官が2人入ってきて、膝をついてそのおじいさんから話を聞いたり、孫くらいの男の人から話を聞いたり。
 こちらが食べ終わってお店から出ると、パトカーが止まっていておじいさんが乗っていたようでした。
 よく考えると、そのおじいさんはどこから来たのかわからなくなった徘徊老人だったのかな、と思いました。どこか不安げな表情のおじいさん。孫くらいの男の人は、たぶんその様子を見てとりあえずそのファミレスに連れてきて休ませてあげながら警察に通報したのでしょう。
 ご家族がわかるといいのですが。出合った場所はサイゼリヤ倉敷平田店でした。

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by kurashiki-keiko | 2018-10-22 23:42 | ニュース | Comments(0)

子供時代の絵、見つかる

 2階納戸の和ダンスの着物を3分の2くらい処分できました。査定は0円との事でしたが、業者さんによっていくらかでもそれなりに行方を決めてくれるものと思っています。まだ留袖、喪服、振袖、袋帯の一部が残ってはいますがそれは次回として。
 和ダンスの上にはそれらをこの家に運び込んできたときに使った古い、今や骨とう品?の柳行李とブリキの衣装缶がそれぞれ1つあったのも市の環境センターに持って行くことにしました。
 向かい合わせに置いてある洋服ダンスの上の方にも何やらほこりをかぶってあるなあと、取り出してみると、子どもの絵や習字の作品、賞状ファイルなどがありました。
 そのうちの1枚は、今、記念に居間に置いている子供たちの幼児生活団時代にクリスマスプレゼントにしたうちの次男の作品の元になったと思われる「ぞうさん」の元絵らしいものが見つかりました。なんと、それを基にその当時のサンタさん(実は私)が夜な夜な頑張って作ってプレゼントしたのが残っているのです。
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 さらに、巻いてある画用紙があったので開けてみるとそれは、子供が母の絵を描いたと思われるもの。え?私を?と思って見ると、なんと。
 私が小学生時代に母を描いた物でした。母はそれをずっと大切に持っていて嫁入りの私に託した?びっくり。
 さらに、見覚えのある絵。中学1年生のころに母校の体育館の脇で友達と写生した覚えのある絵も。
 絵に描かれていた母の絵よりも今の自分は年取ってしまいましたが、なんだかやっぱり母に似ているなあ、と感慨深く、でもちょっとの間眺めてゴミ袋へ。
さらにみんなの卒業証書を入れた筒もかごに入れてあり、それらはまとめて保存の方へ。

 車に行李やブリキ缶、着物用の小物や下着類、少し前に処分を決めていた使わない食器類などを入れて市の環境センターへ。土曜日は午後2時までやっているので、1時ごろ行くと、時候もよいせいか、すでに5台くらいが行列をしていました。私がその最後尾に着くと、あっという間にさらに5,6台が後ろに。入り口右手の広場には廃棄された家具類が。この時期、年度末に次いで引っ越しも多いと聞くと、そのせいか。
 受付の所で「資源ごみと埋立ゴミです」というと、バインダーも渡されずに通過させてくれました。
 番が来て廃棄場所に近づくと、いつもは右手に行くところを、この時期多いのか、ずっと左手に案内され、あっという間に数人の男性たちの手によって車内から廃棄物を持って行かれ、いつもなら100円とか200円とか料金を払うところ、それもなし。あら、助かるわ、と思いつつ、出口へ。
 
 日曜の今日は、敷物を夏のござから冬のホットカーペットに息子らと同時に替える予定です。お天気も安定してよさそう。冬用と夏用を外のフェンスに干してから、部屋も夏バージョンから冬バージョンへと変わります。
 本格的に寒くなるとなかなか片付けもはかどらないので、さらに不要衣類など片付けておかないと、。

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by kurashiki-keiko | 2018-10-21 06:57 | しみじみしたこと | Comments(0)

着物を手離す その2

 先日、ネットで見つけた着物買取業者さんに着物を送った話を書きました。
業者さんの買取例としては、10年以内の着物なら値段がつく、とかありましたので、私のもう40数年前の着物では無理だろうと、思っていた通り、査定の結果は「ゼロ円でした」。。。
 期待しただけバカだった。やっぱりなあ。そもそも、試しに、と思って、名古屋帯だとか羽織だとか男物のウールのアンサンブルだとか雨コートだとかから送ったせいもあるけれど。
 前回で和ダンスの下半分の処分が出来ました。うーん。もうちょっと頑張って、とまた段ボール一箱を送ってもらいました。
今日それが着いたので、契約によると2週間以内に、とあったけれど、今日のうちにと、バッグと草履のセット3組(振袖用、留袖用、喪服用)、祝儀用帯揚げと帯締めと末広のセット、ビーズのバッグ、帯揚げ6本、帯締め7本、長襦袢、袋帯2本、訪問着3枚、色無地一つ紋1枚、といったところを送りました。いずれもやっぱり古い物なので、二束三文に買いたたかれる、でしょうね。
それにしてもまさかこれらをゴミにするわけにもいかず。
後に残ったのは留袖、喪服、中振袖、等と、姑の物で取っておいてリフォームでも、と思っていたものが少し。

 それにしても、晴れの日用の銀色の草履とバッグのセットなど、どこへも今や身につけていく先も無くなった、とはいえ、持っていることがステータスだった時代もあったのだなあとちょっとばかりセンチになるのでした。
 でも、あの夏の猛暑の中でも、寒い冬の日でもこんな作業はしにくいことを思うと、この時候のこの時期にすべき仕事だなあと思うと、それこそするなら「今でしょ!!」と自分の勇気を振り絞るような思いです。
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by kurashiki-keiko | 2018-10-15 23:17 | しみじみしたこと | Comments(0)

とうとう着物を手離す

 ずっと気になりつつ先送りにしてきた着物のことです。
 嫁入りの時にたまたま祖父母と同居していたものだから、母の思いに祖母の意見も乗っかって、やれ雨コートがいるの雨下駄もいるの、普段に着物を着ていた世代が思うことと無精者の娘のする事とはその当時ですらかなりに隔たりがあったのに、どんどん数が増えて、和ダンスいっぱいの着物を持ってお嫁入したのです。
 ろくに着付けも習っていなくて、そのうち着たものと言えば、大学の謝恩会と結婚のお色直しに着た黄緑色の中振袖、婚約した時にお正月にご挨拶に行った訪問着、長女の小学校入学式に着たピンクのひとつ紋の色無地くらいのものか。そうそう、長男が生まれてまだ授乳中に祖父が亡くなり、夏の喪服を着たらお乳のシミを作ってクリーニングに出したのだった。舅が亡くなった時も喪服を着たっけ。それから娘の結婚式の為にと後から留袖を母が作ってくれたのは、一度だけ頼まれ仲人をしたときと次男の結婚式と、あら三度も着たわ。・・・
 とまあ数えるほどしか着ていない着物の思い出もありましたが、その留めそでもみんな子供たちが結婚したし、この先着る機会も着ていく場所もなさそうで、息子たちと家のエリアをチェンジするのも近いので処分しようと決心しました。

 ご近所の奥さんでリサイクル業者さんに来てもらった人がいるとかでしたが、「まだあるだろう」としつこく何度も来たとか聞くとそれも嫌だとか思い、なるべく簡単に処分できないものかと思って、この際とネットで探しました。段ボールを送ってきてくれ、それに詰めて送り返すと査定をしてそれなりのお値段を講座に振り込んでくれる、という業者さんに試しに送ってみることにしました。
 まずは夫のウールのアンサンブルや、名古屋帯、羽織、コートの類をその和服の畳紙のサイズに合わせた段ボールに詰めてみると結構な重さになって、名残惜しい気持ももちろんあったものの、業者さんの用意した送り状に書き込み、宅配業者に集配を頼み、案外簡単に第一便を送り出すところまでできました。念のためどんな品を詰めたか、畳紙ののぞき窓の所に嫁入りの時に母が書いた説明が書いてあるのを写真に撮っておきました。一枚ずつに母の文字が懐かしく、これはあれと合わせてねとか説明しながら衣装缶から箪笥に入れてくれた母を思い出しました。
 
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ただいま査定中とのメールが来ました。さて、もともと今回は大したものを送ったわけでもないし、畳紙もかなり古びているし、古いものだからそれなりの査定が出る事でしょう。
 亡くなった実母は「着物を着るか」と聞くのでいらないというと、さっさと自身の着物は売り払ったので、びっくりしたものでしたが、亡くなるちょっと前に、一番高価で気に入りだったという着物を残していてそれを私に持って帰れと言ってくれました。それがどれだったかあまり覚えていないのだけれど、京都のたつむらという業者さんのだから高いのだと言っていて、それは今回の処分品には含まれていません。
 様子を見て次の便でまた処分するつもりで入るのですけれど。母は自分でさっさと着付けが出来たものだから、よくクラシックのコンサートに着物で出かけていました。そんな生活は私には来ないと思います。

 先日見た映画「日日是好日」の映画に着物を着こなす場面が多く出てきたので、ああ、お茶などしていたら着物もいるなあ、と思ったことでしたが、やっぱりあいにく私にはそういう趣味もないしバタバタしているから無理無理、と自分を納得させたようなわけでした。

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by kurashiki-keiko | 2018-10-11 01:11 | しみじみしたこと | Comments(0)

思い出2題 その1 友達の婚家の義父からのはがき

 片付けのために昔の「主婦日記」を処分しようとしていたら、間から1枚のはがきが出てきました。
 細かく書かれた筆文字で、よく読んでみると、それは小学校からの親しい友達の嫁入り先のお舅さんによって書かれたものでした。
内容は、自分は彼女の義父に当たり、息子は離れた場所の独身寮で勤務中のため自分が替わって返事を書くこと、私の友達は新婚10日目から難病になって4年半の夫婦生活で30才の薄倖の人生であった、とのこと。友人知人からのお悔みをもらって今更のごとくその人の人柄を見直しているとの事。そして戒名が記してありました。
 私が先に彼女の思い出やお悔みのお手紙を送っていたもののようです。

 彼女は小学校から高校までクラスがよく一緒になっていました。運動も勉強もよくでき、リーダーシップもあり、小学校時代はその人がクラスにいると必ず1学期に学級委員に選出されるような人でした。あっさりした性格で偉そうぶることもなくみんなから信頼されていた人でした。
 小学校時代の友達なので母同士も付き合いがあって、母がその後彼女のお母さんに逢うと、「あの子は生れてこなければよかったのに」とその早世を悲しんでおられたそうです。
 元気でいたらまたこういう年まわりになったら同窓会でお会いすることもできたろうに、と思うと余計にしみじみと当時の彼女の様子を思い出したことでした。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-09-27 13:24 | しみじみしたこと | Comments(0)

お盆の行事を終えて

 お盆の行事の最中に豪雨・洪水被害の子らのための袋物作りの伝達が飛び込んできて慌てましたが、なんとか無事に仏様を送り祭壇を片付け、いつものお仏壇へご本尊・お位牌を収めて日常が戻ってきました。

 若いころはお仏壇のない家に育ったものですから、祖父母の家にお盆頃行くと、床の間に立派な祭壇が出ていていつもと違う雰囲気だけ味わって「ふーん」くらいに思っておりました。
 けれども夫の父の介護をするようになるのとほぼ同時期にお盆の行事も自然に私がすることになり、またその父が亡くなると初七日、四十九日、一周忌、三回忌と法事の準備やらも加わり、そして初盆を迎え、様々な仏事の準備と後片付けを経験してきました。
 そろそろ隣に暮らす長男夫婦にそのやり方を継承しておかねば、と思う年になり、今年は祭壇の準備、片付けを一緒にしてもらいました。台風の影響による雨で、迎え火と送り火が出来なかったことは残念でしたが、例年バタバタと時間がかかる後片付けが、息子夫婦の手によってずいぶん早くできて感謝するとともに、譲りということが少しできてうれしく思いました。

 お仏壇のない家庭ではこんな風に祭壇の準備やら丸1日がかりの墓参りだとか、関係なく遊べる三連休、くらいに思われているのかもしれませんが、先祖まつりの時間なのです。そして終戦記念日もちょうどこの時期、死者を偲び今の幸せをより深く感じられる時だと思います。

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by kurashiki-keiko | 2018-08-16 21:35 | しみじみしたこと | Comments(0)