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お盆の行事を終えて

 お盆の行事の最中に豪雨・洪水被害の子らのための袋物作りの伝達が飛び込んできて慌てましたが、なんとか無事に仏様を送り祭壇を片付け、いつものお仏壇へご本尊・お位牌を収めて日常が戻ってきました。

 若いころはお仏壇のない家に育ったものですから、祖父母の家にお盆頃行くと、床の間に立派な祭壇が出ていていつもと違う雰囲気だけ味わって「ふーん」くらいに思っておりました。
 けれども夫の父の介護をするようになるのとほぼ同時期にお盆の行事も自然に私がすることになり、またその父が亡くなると初七日、四十九日、一周忌、三回忌と法事の準備やらも加わり、そして初盆を迎え、様々な仏事の準備と後片付けを経験してきました。
 そろそろ隣に暮らす長男夫婦にそのやり方を継承しておかねば、と思う年になり、今年は祭壇の準備、片付けを一緒にしてもらいました。台風の影響による雨で、迎え火と送り火が出来なかったことは残念でしたが、例年バタバタと時間がかかる後片付けが、息子夫婦の手によってずいぶん早くできて感謝するとともに、譲りということが少しできてうれしく思いました。

 お仏壇のない家庭ではこんな風に祭壇の準備やら丸1日がかりの墓参りだとか、関係なく遊べる三連休、くらいに思われているのかもしれませんが、先祖まつりの時間なのです。そして終戦記念日もちょうどこの時期、死者を偲び今の幸せをより深く感じられる時だと思います。

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by kurashiki-keiko | 2018-08-16 21:35 | しみじみしたこと | Comments(0)

みんなで墓参り

 13日は朝9時から、夫の両親の眠る手近な墓地へ次男一家と長男一家、私たちが集合。私たちは長男の運転する三列シートの車に乗せてもらい、次男たちが続きました。2番目に行くのは、夫の母の両親が眠る真備町のお寺の墓地でした。
 あの大水害の時には高台にあるお寺の門柱の所にボートがついて救助された人々を下ろす画像が投稿されていたそうです。お寺への道々、水害にあった家々の1階は窓もすべて建具が外されがらんどうの室内の風通しをしている様子が見えて胸がふさがれました。
 夫の母の両親はそろってその両親に死に別れて結婚したそうで、ひっそりと小さなお墓と、2歳で亡くなった妹の小さなお地蔵様の2基だけの墓所です。お参りするのは我が家だけなので、お墓のまわりの地面が行くたびに草ぼうぼうで大変なので昨年11月に長男に頼んで「カチカチ君」という商品名の地面を固めるものを敷きこんでもらっていました。真ん中は草が生えなくなっていたけれど、コンクリートの境目の所からは30㎝くらいの草が生えていたそうです。先に着いた次男たちが草取りをしてくれていました。

 真備のお寺からは総社インターへ向かい、高速に乗るのですが、その手前、下原地区を通ると、屋根の上にブルーシート。アルミ工場の爆発事故があった近くでした。壁が吹き飛んで真っ黒けになった工場が遠望でき、その近くの家々の屋根のブルーシート、全く怒るのも無理はない人災だと感じました。

 高速道路を山陽インターで降り、一路北へ。真備から約1時間半、墓参りに行く前にいつもの大型ドライブインで昼食。夫の両親が健在でうちの子たちがまだ小さいころは墓地までクーラーボックスにお弁当を持って行って、木陰にブルーシートを敷いてピクニック気分での墓参りをしたことも何度かありましたが、近頃の暑さでは屋外でお弁当というのはとてもとても。でも赤磐市の山の上の墓地は、車が横付けできるし、見晴らしはいいし、とても気持ちのいいところなんです。
 ともかく、ドライブインで銘々好きなのを注文してお昼を済ませ、さらに山道をくねくねと登ってようやく元禄以来の我が家のご先祖様の墓地に到着。お水だけはそのご近所の井戸の水を汲ませてもらいにと、挨拶がてらうかがいます。昨年は孫たちが相手にしていた犬がいたのに、年取ったのかもう今年はいませんでした。ご当主夫妻もすっかり年を取られました。

 息子たち、孫たち、嫁たちそれぞれにお水を上げたり小菊を20基のお墓に1本ずつですがお供えしたり、お線香を上げたりと分担してすっかりきれいな墓参りの墓地になりました。最後にお墓をバックにみんなで記念撮影。昨年は三脚がなくて息子たちがかわるがわる撮ったので、今年は長男が立派な?三脚持参。
 時代は変わる、私たち夫婦が孫を連れてくるようになったとは、と感慨。

 今年は最後にもう一つの行先、大仕事がありました。
 それはお盆に来られた菩提寺(旦那寺)の和尚様が、先代の和尚さんが80を越えて引退されるので、もう法事はご自身のお寺以外に出かけていくことが出来なくなった、ということで、遠方の我が家としてはそれは困る、と、お寺を変わることにしたのです。候補のお寺にせっかくみんなそろったところであいさつにうかがおうと思ったのです。
 行ってみると、ご住職様はさすがにお盆なので不在でしたが、息子さんらしい人が出られて、受け入れ可能との事。日を改めてうかがいます、と連絡先だけお知らせして帰りました。息子たちも和尚さんの息子さんにお会いして感じがよかったと胸をなでおろしていました。
 そんなこんなで、帰宅したらもう4時ごろでした。長い一日でした。

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by kurashiki-keiko | 2018-08-14 22:42 | うれしかったこと | Comments(0)

夫の恩師の転居通知に

 夫の小学校時代の恩師から転居通知のはがきが来ました。
 夫が出来の悪いやんちゃ坊主だったころに担任をしてくださり、さんざん手を焼いて?臨海学校では一緒に寝てくださったこともあったとか。
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大変頼りになるしっかりした先生で、義母も時々教育相談に行ったり、また友の会で習い覚えたケーキを焼いてお遣い物にしたりしたこともあったのだと聞かされています。

 ご主人を亡くされて、関東地方に住むお子さんを頼って倉敷を去って何年か。さらに転居とは、とよく見ると、どうやら老人ホームに入居されたらしいことがわかりました。
 「遊びにおいでください」とあるのを真に受けて夫、「会いに行きたい」とのたまう。埼玉県ですぞ。
 電話番号があったので、まずは先生がどんなご様子か本人と話したら?と言い、そこへかけてみると、どうやら生活指導員みたいな男性の携帯でした。本人の電話はたぶんわかっていても教えるわけにいかないのでしょう、手紙でも書いて教えてもらうしかないみたいです。
夫、書くのは苦手なので、そこは文才のある??しかもパソコン得意の私が代筆(いや、代キーボードか?)して、小学校時代の先生と子供たちの古い写真と、10年くらい前の同窓会の時の記念写真、そして私たち夫婦と孫の写真を入れ込み、お電話番号をお教え願えませんか、と書いてお手紙にしました。
 先生、要介護だとか認知症だとかになっていなければいいのだけれどと案じています。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-07-28 23:22 | しみじみしたこと | Comments(0)

働き方 歯医者さんに行って

 先日、久しぶりに眼科医院に行きました。私が昔からかかっていた開業医ですが、この春だったか、先代は引退、息子さんにバトンタッチされています。息子さんと2人で診察されていた時代がしばらくあって、徐々に先代が午前だけ、という風になって、そして引退されたのでした。先代にくらべて息子さんは若いせいか、少し「偉そう」な口ぶりでこちらはハイハイと小さくなる感じ。お父さんの方はもうちょっと優しかったのに、と思います。
 それから今度は半年に一度歯石をとってもらうためなどで通っている歯科医院へ行きました。こちらも3代目が今は院長になられています。わたしはお嫁に来たら、夫の母から勧められて、子供が小さいころは子守もしてもらいながらこの医院へ通いました。その時分は初代が高齢者専門みたいにして診察されていて、私は2代目の息子さんに治療してもらっていました。当時は歯科医も少なくて、半年も前に予約していても3時間待ちなどが普通で、大変でした。
 時は過ぎ、歯科医も増えました。そしてこの歯科医院も3代目が院長先生となり、私がかかってきた2代目の先生もすっかり年を取られました。昭和6年生まれというからもう御年86歳?。さすがにこの頃では午前中だけ、それも水曜日はお休みされているとの事。それでも半日でも立ってお仕事されているというのは大したものです。この先生は穏やかで口数少なく、しかし仕事は確かなので安心して任せられる、と姑が言っていた通りで、行くと黙って見てもらえます。開業医で後継者を育てるのはとても大変だと思うのですが、この歯医者さんも3代目、建物も立派に建て替わって安泰。
 というわけで、次世代に譲るという事と、その成り行きをずっと患者として拝見してきて、大変だなあということと、年を取っても息子と働く場があるというのはいいなあと思う事、80代になってもマイペースで働く場があるというのはいいことだなあ、と思ったことでした。ただどちらのケースも息子世代が親世代に比べると物の言い方が少し偉そう-尊大な印象を受けることは少し残念に思います。なぜなんでしょう。

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by kurashiki-keiko | 2018-07-28 00:57 | 老いということ | Comments(0)

筋肉痛―

どうも右肩が張る、少し痛い。ん?
ちょっと考えて、過去を振り返ってみてガッテンがいった。そうそう、年を取ると筋肉痛は後から来る、と言いますが、この16日(土)、小学校の運動場で地域住民協議会主催のグランドゴルフ大会があって参加したのでした。朝9時から12時前ごろまで、結構重みのあるクラブをもってボールをスコーンと打つ、初心者でもそれなりに楽しく、長い所短い所、私の場合は右にそれがちでした。ああだこうだとそれなりに工夫をするものの、なかなか3打で入れることはできず打数は増えるばかり。
 参加者は60人くらいもいたでしょうか。一番多いのはシニア男性、その半分くらいが女性でお年寄りから若いお嫁さんまで。子どもは10人くらい、4年生以下くらいの小さい子が多かったみたいでした。
 最後の集計は報告を教頭先生がパソコンで打ち込んで下さり、順位が決定されました。ホールインワンがお1人。続いて点数順に表彰があり、豪華賞品?がそれぞれに手渡されました。同点の場合はその場でもう一度ボールを打ち、三角の印に近い方が上位という事で決着がつけられました。そして私、その同点の人と打ち合い、微妙な距離で紐でわざわざ計り、ようやく私がほんの少しだけ近かったので、7位入賞ということで賞品をいただくことが出来ました。

 昨年秋は申し込みしていたものの、雨で流れたので久しぶりの大会で、下手なりに同じグループの人と交流もそれなりに出来、楽しかったのでした。

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by kurashiki-keiko | 2018-06-18 01:53 | がんばったなあ | Comments(0)

本棚の片付け

 居間の作り付け本棚には、入居以来ほとんど動かしていないものも含めかなり古い本があります。
昨年は私の大学時代の資料本ともいえる岩波の古典文学大系の一部やら、母からもらっていた瀬戸内寂聴訳の源氏物語全10巻だったか、などを古書店に持って行き、1万円ちょっとになったのでした。
 で、残っていた岩波の古典文学大系、これはいよいよというか私の卒論であった平家物語上下巻やら、平家関連の図録だの、第4版広辞苑だの国語辞典、それから夫と私の同窓会名簿の古い版何冊か、それになぜか玉野市史やらの郷土史みたいな本、大学関連の資料集みたいなの、昔行った文楽だののパンフレット類、などなど、その当時は大切だったけれどもここ何十年かは触っていない本の数々。片付け、断捨離とは過去の自分との決別を意味するのかなと思いました。2,3年くらいでは捨てられない大切な物でも何十年もたつと、ようやく思いきれるようになるのでしょうか。
 残すものはアルバムと日記。
 後悩ましいのは40冊になる家計簿。かつては「家事家計講習会」の選手(発表者)になった時などにその家計簿をずらーりと並べるのがあこがれであり目標でもあった時期がありましたし、昨年はお客様とのフリートークの時間に若い時代の家計簿を持参して見せたりしたのも説得力?になってそれはそれで面白かったのでしたが、その置き場を確保することがこの先出来るのか?
 とりあえず今回はまだゴミには出しません。
 本棚から出した上記の本は紐で縛って裏の自転車置き場兼物置へ置いてあります。折を見て古書店やら市の環境センターへ持ち込む予定。
 あと、2階納戸にある和ダンス。子どもたちの結婚式も終わったので留袖はもう着ないし、着物を着るようなお茶だとか観劇などの趣味もないし、外国へ行って盛装するような機会もさらさらないし。母は自分の着物はほぼ売り払ったけれどこれは高価ないい着物だからと最後にとっときの着物、というのをくれたけれど、それもまた和ダンスにぎゅー詰めにしただけで着る機会は今のところありません。私の成人式は大学の寮から参加したので黒のスーツで行ったし、卒業謝恩会に来て出た中振袖は、結婚披露宴に着たくらいで、娘も成人式に着物はいらないから旅行代をだしてくれ、と外国旅行に行ってしまいました。何年か前に友の会のお友達の娘さんに貸して、と頼まれて喜んで何枚かお貸ししたのがあるくらいで、ほんとうに出番のない着物たち。娘にも喪服だけ作ってやったけれど、もう身内のお葬式にも喪服を着る人は本当に少なくなってしまっているようです。
 悩みに悩むけれども、この際リサイクルに出そうかしら。


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by kurashiki-keiko | 2018-05-12 22:05 | しみじみしたこと | Comments(0)

母の三回忌

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 弟が跡を継いでいる、江戸時代からのお座敷で、母の三回忌法要が執り行われました。私とは8歳、弟同士だと6歳下の弟は札幌から1泊でやってきました。
北海道の弟の子供は来なかったので、上の弟夫婦とその息子一家4人、それに私たち夫婦と息子一家4人の出席でした。母のひ孫7人のうち4人が出席。子孫繁栄、ありがたいこと。
 法事というと皆でお経をあげるのが主なクライマックスかと思うのですが、こちらのお坊さんはどうも。宗教観というのか、日頃の行いだとかの教えのマニュアル本みたいなのをつらつらと読み上げるだけで、途中つっかえてしばらく言いよどむ。自身の言葉でのお説教はなし。それが長くて、いざ皆に配布しているお経の本のところを唱え始めたと思ったら、何を思うのか、項目のところで一呼吸置くこともせずどんどん先へ行くのでついていくのも一苦労。しかも、7回繰り返すとの指示が書いてある光明真言のところを3回しか唱えずに終了。あれま。

  それにしてもこの古いお座敷、私が子供の頃に曾祖母が亡くなったときのお葬式やら法事やらがあった記憶によると、外との境は障子紙1枚で、廻り廊下はすぐ外につながっていました。そして法事の後の会食では、裏で割烹前掛けの女性たちが立ち働いていて、お座敷でにぎやかに会食するのはオジサンたちばかり、という風景だったことを思いだします。女性にとってはよい時代になったものと思います。
 また、建物の経年変化は致し方なく、座がでこぼこしていたり、柱がゆがんだりしています。なんとか残していけたらいいのですけれど。
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墓地はとても良いお天気でよかったです。弟が言うには、これまでのこの家の墓地はずっと夫婦墓で来ているが、ご近所の分家筋のお墓は皆代々墓に切り替わってきているので、自分たちの代で我が家もそうしようかと思っているとの事。亡くなった祖父が、前の代と大きさやデザインを揃えて右から左へと墓石を作っていくようにと遺言していて、まだもう少し土地にゆとりはあるのですけれど。そうそういくつでも墓が建てられるというわけでもないので、いつかはそんな具合にならないといけないのでしょうね。

 お坊さんとは墓地でお別れし、車に分乗して仕上げの会食へ向かいました。母にとってのひ孫たち、この三回忌を過ぎるとまず出会う機会もないだろうから、同学年の孫と4歳、2歳の孫、はしゃいで部屋を駆け回ったりして、帰りの車の中では普段昼寝などしないお兄ちゃんまで寝入って、夕方まで寝ていたそうです。(しかも、目が覚めると翌日かと勘違いして、夕方5時を朝の5時とおもったとのこと。)
  
 法事とは故人が生きている子孫を合わせてくれるよい機会かなと思いました。
 

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by kurashiki-keiko | 2018-02-19 00:06 | しみじみしたこと | Comments(0)

墓地の整地

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 夫の母は2人姉妹の長女でした。両親共に親を早く亡くしたそうで、本家の敷地の裏手にお墓があったのですが、本家の建物の裏手というのでは将来お墓参りがしにくくなるだろう、ということで、お寺の墓地に改葬したのです。夫の母の両親と幼くして亡くなった妹の小さなお墓、将来的に我が家と夫の従弟の一家しかお参りする人もないので、お位牌は永代供養にしてもらっています。
 この夏、我が家の息子たちとお墓参りに行ってみると、お彼岸などにはこちらにはなかなか足を運べないので草ぼうぼう、手入れがこの先行き届かなくなりそうなので、商品名「カチカチ君」という、土を固めて草を生えなくする建材のようなものが生協で見つけたので、息子に頼んで整地してそれを敷き詰めてもらうことにしました。
 まだ暑い時期にそれを買っておいたのですが、涼しくなってから、と言っていて11月26日(日)の午後ようやく時間を作って足を運んでくれました。たまたま、手伝うつもりだった私も腰痛でどうにも手伝えなくて、長男一人で孫娘をつれて行ってしてくれました。草が生えていたのを抜き、土を少し掘って材料を入れ、ならしてジョロで水を撒いて固めるという作業でした。20㎏入りの袋3個で1坪分、との事だったので少し薄めだったようですが。おかげで今度のお盆には少し楽にお参りができそうです。
この先夫の母を知っている世代は長男のところまでで、孫は覚えていないだろうから、そのまた親のお墓と言っても管理ができなくなりそう。長男がそこは考えて始末してくれるのではと思って、今のところはこういうことをしました。

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by kurashiki-keiko | 2017-11-29 02:09 | しみじみしたこと | Comments(0)

誕生祝い

 11月18日(土)は夫の誕生日でした。長男夫婦は孫たちの誕生日にはそれぞれにバーズデーケーキをケーキ屋さんで注文しては私たちにも食べさせてくれるのですが、夫の誕生日にはこれまで会社の親睦会からケーキをもらえることになっていて、私が買ったことはありませんでした。今年はそれもないので、夫自ら、近所のケーキ屋さんに行って予約していたのを引き取りに行ってきました。私はもっぱらこれまでお赤飯とお刺身などの献立でお祝いしてきたのでしたが、夫は今度は土曜日なので、孫たちとピザが食べたいとの希望。よって赤飯もなく、私はピザの種を3時半過ぎから仕掛けました。
 いつもなら長男が、その種を伸ばしてみんなにやれオリーブオイルを塗れとかピザソースを塗れとか指図してくれるのでしたが、今年はお友達の結婚式に使う動画を頼まれていてその製作が押してきているので打ち合わせに出かけるとかで家では食べず。
 献立は、この頃カボチャのポタージュを女の子が食べなくなってきたので大根とにんじんのポタージュとポテトサラダを作り、そうこうしているうちにピザの種の発酵が進み、大わらわで種を分割して伸ばし、みんなにトッピングを指図してお嫁さんと孫と夫に乗せてもらい、息子のところのオーブントースターが大型なので焼いて順に食べる、という楽しくも忙しいお祝いの会食となりました。このところ食べない4歳女児もポタージュが気に入ってしっかり食べてくれました。
 最後のケーキは夫73才でしたが、ろうそくは3本だけ。小学2年の孫は、数字のろうそくにすれば7と3のがあったのに、と言っていましたが。息子の分の取りおいて、美味しいケーキをいただきました。

翌19日(日)は私の誕生日でした。たまたまですが、パソコンのプリンターが買替時で、家電量販店で購入したのと、お歳暮の用事でデパートに行ったついでに、二人のシャツとジャケットを購入、誕生日のプレゼントというか記念というか。昼時だったので中華ランチと、喫茶によってお茶しました。「お前と喫茶店に入るなんてあんまりないなあ」とか言うので、そういえば先日倉吉で素敵な喫茶店に入ったことを後になって思いだしましたが。

 夕食は、長男のお嫁さんの発案だったとかで、子供3人と家族が集合して、中華のコース料理を食べに行くことになって。長男運転の車中では、小2の孫主導で楽しいしりとりをしながら。4歳の女の子はまだ出てこない答えを、2年生のお兄ちゃんが教えてやり、オーム返しにそれを言う、ということも。
 お店では席に着くと、それぞれの孫たちから手作りの、私たちの似顔絵やらメダルやら、写真入りキーホルダーやらのプレゼントがあり、孫たちと一緒に記念撮影。奥の個室で、次男のところの2歳の男の子がまた興奮してキャーキャー走り回っても周りの人に迷惑が掛からなくてよかった。孫たち4人の交流も、また子供たちの交流もでき、何より。
 負担にならない範囲の会食とプレゼントで、とてもよかったと思います。最後に夫がちゃんとお礼のあいさつをしてお開きとなりました。
 いつも夫の会社の親睦会からのケーキで私の誕生日は何もなく終わるのでしたが、今年はにぎやかな誕生祝の集まりをしてもらってうれしかったです。

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by kurashiki-keiko | 2017-11-20 03:02 | 料理 | Comments(0)

誕生祝い

 11月18日(土)は夫の誕生日でした。子供たちは孫たちの誕生日にはそれぞれにバーズデーケーキをケーキ屋さんで注文しては私たちにも食べさせてくれるのですが、夫の誕生日にはこれまで会社の親睦会からケーキをもらえることになっていて、私が買ったことはありませんでした。今年はそれもないので、夫自ら、近所のケーキ屋さんに行って予約していたのを引き取りに行ってきました。私はもっぱらこれまでお赤飯とお刺身などの献立でお祝いしてきたのでしたが、夫は今度は土曜日なので、ピザが食べたいとの希望。よって赤飯もなく、私はピザの種を3時半過ぎから仕掛けました。
 いつもなら長男が、その種を伸ばしてみんなにやれオリーブオイルを塗れとかピザソースを塗れとか指図してくれるのでしたが、今年はお友達の結婚式に使う動画を頼まれていてその製作が押してきているので打ち合わせに出かけるとかで家では食べず。
 献立は、この頃カボチャのポタージュを女の子が食べなくなってきたので大根とにんじんのポタージュとポテトサラダを作り、そうこうしているうちにピザの種の発酵が進み、大わらわで種を分割して伸ばし、みんなにトッピングを指図してお嫁さんと孫と夫に乗せてもらい、息子のところのオーブントースターが大型なので焼いて順に食べる、という楽しくも忙しいお祝いの会食となりました。このところ食べない4歳女児もポタージュが気に入ってしっかり食べてくれました。
 最後のケーキは夫73才でしたが、ろうそくは3本だけ。小学2年の孫は、数字のろうそくにすれば7と3のがあったのに、と言っていましたが。息子の分の取りおいて、美味しいケーキをいただきました。

翌19日(日)は私の誕生日でした。たまたまですが、パソコンのプリンターが買替時で、家電量販店で購入したのと、お歳暮の用事でデパートに行ったついでに、二人のシャツとジャケットを購入、誕生日のプレゼントというか記念というか。昼時だったので中華ランチと、喫茶によってお茶しました。「お前と喫茶店に入るなんてあんまりないなあ」とか言うので、そういえば先日倉吉で素敵な喫茶店に入ったことを後になって思いだしましたが。

 夕食は、長男のお嫁さんの発案だったとかで、子供3人と家族が集合して、中華のコース料理を食べに行くことになって。長男運転の車中では、小2の孫主導で楽しいしりとりをしながら。4歳の女の子はまだ出てこない答えを、2年生のお兄ちゃんが教えてやり、オーム返しにそれを言う、ということも。
 お店では席に着くと、それぞれの孫たちから手作りの、私たちの似顔絵やらメダルやら、写真入りキーホルダーやらのプレゼントがあり、孫たちと一緒に記念撮影。奥の個室で、次男のところの2歳の男の子がまた興奮してキャーキャー走り回っても周りの人に迷惑が掛からなくてよかった。孫たち4人の交流も、また子供たちの交流もでき、何より。
 負担にならない範囲の会食とプレゼントで、とてもよかったと思います。最後に夫がちゃんとお礼のあいさつをしてお開きとなりました。
 いつも夫の会社の親睦会からのケーキで私の誕生日は何もなく終わるのでしたが、今年はにぎやかな誕生祝の集まりをしてもらってうれしかったです。

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by kurashiki-keiko | 2017-11-20 03:02 | 料理 | Comments(0)